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マイクロソフト・リサーチ・アジア シンガポール拠点が開設1周年——政府・学術・産業との連携で描くAI研究の好循環

2026/09/29

東南アジア初のMSRA拠点が1周年

2025年7月24日、マイクロソフト・リサーチ・アジア(MSRA)はシンガポールに東南アジア初となる研究拠点「MSRA – Singapore」を開設した。それから約1年が経過し、マイクロソフトは同拠点の取り組みを公式ブログで振り返っている。

1998年創設のMSRAはすでに北京・上海・バンクーバー・東京に拠点を持つが、シンガポールはそれらに加わる5拠点目となる。同拠点の設立はシンガポールの大学・研究機関・政府機関との20年以上にわたる協力関係の延長線上にあり、より緊密で統合的な関係を目指したものだと報告されている。

MSRAコーポレート・バイスプレジデントで同拠点を統括するLidong Zhou博士は、「もう一つの研究所を開設するのではなく、マイクロソフトのフロンティアAI研究とシンガポールの世界水準の大学・政府機関・産業エコシステムを結ぶ橋を架けることが狙いだった」と語っている。

4本柱の研究アジェンダ

同拠点のミッションは「人類のためのフロンティアAIの推進」とされており、研究活動は以下の4つの柱で構成されると説明されている。

  1. 次世代AIモデルとエージェントシステム
  2. 現実課題に対応するドメイン特化型AI
  3. AIネイティブな研究実践
  4. エコシステムと人材の育成

これらの柱を貫くコンセプトとして、フロンティア研究と現場応用の「好循環(リサーチ・トゥ・インパクト・フライホイール)」が掲げられている。実世界のパートナーが専門知識・データ・課題を持ち込み、研究室がフロンティア技術と工学力を提供する双方向の交換によって、基礎研究の成果を実用化するとともに、現場から生まれた新たな問いを基礎研究へと還元する仕組みだ。

医療AIを筆頭とした実社会応用

ブログが具体例として挙げているのが医療分野だ。マルチモーダル医療AIや自己進化型診断エージェントの研究がシンガポールの医療エコシステムとのパートナーシップを通じて展開されており、臨床意思決定の支援・複雑な医療データからの知見抽出・疾患診断とリスク評価・個別化医療などへの応用を目指していると報告されている。医療以外にも金融サービス・教育・テクノロジー分野の組織と連携し、セクター固有の課題解決に取り組んでいるという。

シンガポール政府との連携も深まっている。シンガポール経済開発庁(EDB)は拠点設立の支援を行い、Industrial Postgraduate Programme(IPP)を通じた共同博士課程教育を継続的に支援している。また2026年2月にはEDBとの共催でロジスティクス・輸送分野のAIに関するエグゼクティブ・ラウンドテーブルを開催し、10社以上の地域企業リーダーが参加したとされる。情報通信メディア発展局(IMDA)も2025年7月に「MSRA Singapore Day」を共催するなど、省庁レベルでの連携が進んでいる。

NUSとの5年間フレームワーク協定

学術機関との連携では、2004年以来シンガポールの研究機関と75件以上の共同研究プロジェクトを手がけてきたMSRAが、拠点開設後の1年間でNUS(国立シンガポール大学)およびNTU(南洋理工大学)と9件の新プロジェクトを立ち上げたと報告されている。対象領域は医療AI・ロボティクス・AIシステム・マルチエージェントシステムにわたる。

特筆すべきは、2025年に発表されたNUSとの5年間フレームワーク研究協定だ。共同AI研究・人材育成・学術交流のプラットフォームと位置づけられており、ヘルスケア・社会的AI・空間知能・データ集約型コンピューティングが共有研究優先領域として定められている。また年次シンポジウムを通じて両機関の研究者が連携アジェンダを共同形成する仕組みが導入されている。

具体的な共同研究としては、NUS助教授のMike ShouとMSRAのXinxing Xuによる医療向け統合マルチモーダルAIの開発、NUS助教授のYang YouとMSRA特別研究員のFuru Weiによる拡散型言語モデルのシステム基盤研究、NUS助教授のJialin Liとの分散合意・検証可能な機械学習システムの研究などが進行中だと伝えられている。

研究成果はICLR(International Conference on Learning Representations)やCOLM(Conference on Language Modeling)など主要な国際会議で発表されているという。

人材育成:インターンから研究リーダーへの継続的パイプライン

MSRA – Singaporeは人材育成を長期的な投資と位置づけ、インターンシップ・共同博士課程指導・訪問研究者プログラム・フェローシップなど複数の接点を用意している。

「NUS–MSRA AI Summer School」は2025年の開始以来300名以上の学生が参加し、シンガポールのみならず東南アジア各地から参加者を集めているとされる。2025年版ではマイクロソフトのDoug Burger技術フェローが基調講演を行い、2026年版に先立ってLidong ZhouがAIシステム知能に関する講義を行った。

IPPの第1号学生であるQiming Huangは、NUSのMike Shou教授とMSRAのXinxing Xuの共同指導のもとで研究を進め、ロボット向けセグメンテーション基盤モデル「RobotSeg」に関する論文がCVPR 2026でオーラル発表に選出されたと報告されている。

NTUのJianfei Yang助教授はかつてMSRAの「Beauty of Programming」コンペティションに参加した経験から研究者の道を志し、現在はロボティクス分野でMSRA研究者と協力しIPPを通じて学生を共同指導している。また、NTUのZiwei Liu准教授は元MSRAインターンであり、同氏の学生がMSRAのグローバルフェローシップ賞2025〜2026年度においてアジア唯一の受賞者となったとも伝えられている。

シンガポールのAI国家戦略との整合

シンガポール政府が掲げる「National AI Strategy 2.0」はAIの産業変革・フロンティア研究・責任ある応用を3本柱とし、医療・教育・金融・スマートネーション施策を重点領域としている。MSRA – Singaporeの研究ポートフォリオはこれらと整合しており、特に東南アジアの文脈で信頼性の高いAIシステムの構築に重点を置いていると説明されている。

同拠点はまだ1年目を終えたばかりだが、政府・学術・産業にまたがる幅広い連携を短期間で構築したことが、今後の研究・社会実装の基盤として注目される。


出典: One year in: How Microsoft Research Asia – Singapore is advancing research, partnership and talent for real-world impact