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Microsoftが生物学向けAI研究システム「Quine」を発表——マルチモーダルな生命科学の世界モデルを構築

2026/09/30

Microsoft Researchが生物学専用AIシステム「Quine」を公開

Microsoft Researchは、生物学の複雑さに対応するために設計されたAI研究システム「Quine」を発表した。ゲノミクス・タンパク質・化学・細胞状態・バイオイメージングといった多様な生物学的モダリティにまたがる「生物学の世界モデル(world model)」の構築を目指す早期研究段階のプロジェクトだと、同社のブログは説明している。

「世界モデル」とはなにか

Microsoft Researchによれば、同プロジェクトが目指す「世界モデル」とは、生物システムの状態を表現し、介入に対してその状態がどう変化するかを予測し、その結果について複数ステップ先まで推論できるシステムを指す。実験を代替するものではなく、希少な実験室リソースを投入する前に、計算によって候補経路の探索・提案・優先順位付けを可能にすることが目的だとされている。

Quineは大きく2つのコンポーネントから構成される。一つは生物学的モダリティと生物学的スケールにまたがる共有表現を学習する世界モデル本体であり、もう一つはモデルとオーケストレーション・推論モデル、科学的ツール、文献、そして研究者チームをつなぐインタラクティブハーネスだ。複数のモダリティを個別に扱わず、結合して学習することで、あるモダリティの証拠が別のモダリティでの予測に活用でき、単一ドメインの専門モデルを組み合わせるだけでは失われてしまう関係性を捉えられると報告されている。

膵臓がん研究での初期検証

公開されたブログでは、最も治療困難ながんの一つである膵管腺がん(PDAC)への応用事例が紹介されている。HarvardおよびMITのBroad Instituteの研究者との共同研究において、Quineは腫瘍細胞を治療的に関連する細胞状態間でシフトさせる可能性に基づき、数千の化合物を予測・優先順位付けしたとされる。

特に「古典型から基底型への細胞状態転換」に焦点を当てたウェットラボ研究では、Quineが最上位にランク付けした化合物が複数の実験アッセイで最大の意図した細胞状態シフトをもたらしたと報告されている。また、化合物探索空間の絞り込みから有望な候補の優先順位付けまでのプロセス全体がわずか1週末で完了し、数カ月分の実験作業と多大な研究コストを節約できた可能性があるという。さらに、予期しない作用機序を持つ化合物の中に強い効果を示すものがあり、AIによる薬剤再利用や創薬の新たな機会発見の初期的な証左となり得ると述べられている。

逆方向の状態転換(基底型から古典型)はより困難であったが、Quineはこの効果が弱いと予測しており、実験結果と整合していたという。また、一部の化合物が従来の「古典型—基底型」という二軸では説明できない第三の表現型へと細胞を移行させることをQuineが予測し、これがウェットラボでも確認されたとされる。膵臓がんの細胞状態の多様性が従来考えられていたよりも豊かである可能性を示すものだと同社は述べている。

Quine Fellowsプログラムで外部研究者に開放

Microsoft Researchは、システムの発展を社内に閉じず、広い科学コミュニティの知見を取り込むために**「Quine Fellowsプログラム」**を開始すると発表した。生物学・医学の最前線で研究する科学者がシステムを直接利用し、フィードバックを提供できる仕組みだ。初回コホートの応募受付はすでに開始されている。

一方で、現時点では臨床・医療目的ではなく研究目的のみの利用に限定された実験的技術であり、出力結果には不完全・不正確な情報が含まれる可能性があるため、資格を持つ研究者によるレビューと適切な科学的・実験的検証が必要だとMicrosoftは明示している。アクセス拡大については将来的にMicrosoft Discoveryなどの製品を通じて段階的に進める方針とされている。

「ベンチマークよりも、実際の科学」

同社のブログは、Quineの真の評価基準はベンチマークやリーダーボードではなく、「証拠が不完全なとき、これまで問われたことのない問いに直面したとき、果たして役に立てるか」という点にあると述べている。研究者が問いを立て、Quineがインシリコ計算を行い、ウェットラボの実験結果が次の問いの精度を高めるというクローズドループ型のサイクルを確立することが長期的なビジョンだとされている。

20年以上にわたり免疫学・ウイルス学・ゲノミクス・バイオメディカルイメージング・細胞生物学・タンパク質工学などの分野で研究を積み重ねてきたMicrosoft Researchが、今回そのノウハウを統合する形でQuineを位置づけているのは注目に値する。


出典: Introducing Quine: An AI research system designed for the complexity of biology